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奔れ正直者?!

大好評の01巻刊行から半年余りが過ぎた、[3月のライオンChapt.21(単行本01巻・白泉社特集page)]を読んだ(本文中はネタバレにご注意あれ)。

今回は、安井棋士(肩書き不明)が夕食休憩前にあっさり投了した所から開始している。
零君の回顧でも、将棋の内容や安井棋士への心境は語られた物の葛藤迄は描かれていない。
肩透かしを被った感があるが感想戦では、

わかったよ よーするに 君は 「オレが途中で投げた」 って言いたいんだろ(P.74 01齣目依り引用)

安井棋士の鬱系回想ならぬ自虐感想が披露され、人生の敗者となりつつある有様が重く胸に迫った。
片や零君は、

手離しちゃダメだ 集中を 意識を 大切なものを こんな たやすく どうか 頼むから 手離さないでくれよ(P.77依り引用)

02局続けて上から目線の体となった。
「頑張りたいのにそう出来ない事情がある」旨松永先生から学んだばかりの上に、(後述するが)とても人ゴトとは言えない筈だ。
零君自身が先に言った通り、『ユトリ』ならではだろうか(個人的には【ゆとり教育世代】叩きから、「今時の若い者は」的驕慢を嗅ぎ取っている)。

一連の局面は、'93/07/09に行われた[第63期棋聖戦03局(棋聖戦)]から採用されている。
P.75 03齣目は谷川浩司(こうじ)棋聖(当時)が30手目△6四角と覗いた局面で、羽生善治(よしはる)挑戦者(当時03冠)は先手矢倉森下システムならではの▲3七桂と応じていらした。

「慎重に」 「慎重に」 いいきかせる 声がきこえる ような 指し方だった(P.75 02齣目依り引用)

零君は朝聞いたばかりの林田先生の発言も忘れて懊悩と無縁に指し回し、安井棋士の葛藤を冷静に看取している。
[将棋世界]'93年09月号P.71-P75掲載・谷川先生の連載自戦記53勝負所で読みを欠くでは、38手目△5三銀迄は無難に進めた旨の感想が語られている。

昼食休憩ののち 安井先生にミスが出た(P.75 04齣目依り引用)

と語られている54手目△8四角(P.75 05齣目)に就いて谷川先生は、

本譜は△8四角▲1五歩△3九角成▲1四歩△1二歩。これは△4九馬▲2八飛△3九馬からの千日手狙いだが、1筋をあっさり取り込まれて勝てるわけがない(将棋世界同 P.74 03段依り引用)

と記されておいでだ。
羽生先生が零君同様落手だと気付かれたにせよ、谷川先生は「△4五歩▲3七角の交換が入るならそれから△8四角と覗きたかったが確信が持てず、思い切って単に出たがやはり悪手だった」らしい。
以下は、

▲3五歩△同歩▲5四歩(第5図)と味良く攻められて、肩の力が抜けた(将棋世界同 P.74 03段-P.75 01段依り引用)

と回顧なさっている。
後手陣の急所たる3筋に傷を付けてから、更に乱しつつ後手6四銀と先手4六角の交換で強行突破を図る▲5四歩の突き捨てに、(着手者こそ違え)安井先生同様の衝撃を覚えられた様である。
元棋譜では羽生先生の83手目▲2七香(P.76 03齣目)に谷川先生が△3四銀と引き、零君が憂慮した△8六歩も絡めて攻め合いを模索したが、107手目▲4六桂迄で完敗なさっている。
安井棋士は84手目を前にして急速に戦意喪失して投了となったが、谷川先生も72手目△6四同金で△6四同飛なら勝機があった由を指摘なさり、

本譜は、手数が伸びたものの紛れがなかった(将棋世界同P.75 03段目依り引用)

と締めていらした。
▲2七香の時点で諦めの早い棋士なら投了してもおかしくなく、谷川先生も棋聖位失陥の瀬戸際でなければ投了なさったかも知れない。
零君の指摘は安井棋士の内情を斟酌する迄もなくやや酷であり、現代若手棋士気質が反映されているだろう。

安井棋士の退出後、荷物置き場にX'mas(ママ)と記された手提げ紙袋を見付け慌てて追い掛ける零君。
突きつけられた安井棋士は、

オレんじゃ無い 知らん(P.80 01齣目依り引用)

セコく白を切った。
つくづく生の人間性に正直か空気同然の大人ばかりで、読者の分際乍ら「大人探し六段」を僭称したくなる(微苦笑)。
最後迄勝負師と家庭人の両立に失敗した醜態を隠す為と思いきや、

あ~~~あ・・・ 最後のクリスマスだったのにな・・・(P.80 03齣目依り引用)

小心者であり乍ら、聞こえよがしに嘆きつつ袋を引ったくった!
presentの遺失を逆手に帰宅放棄する宛が外れたという感じだが、零君は単に逆恨みと受け取っただろう。
零君が運勢判断の類を宛にするか不明だが、この世界ではデルフォイの神託宜しく「忘れ物に注意」とあった時は「俺の?」と疑う用心深さが必要かも知れない。

♪~交差点で100円拾ったよ~♪と流行歌にもあるが、衝撃が残る右手を握りしめると安井棋士に背を向ける形で疾走し交差点から【明治公園】迄突き抜けた零君は、

あああ------っっ ---っっ みんなオレのせいかよ?! じゃ どーすりゃ良かったんだよっっ(P.85 01齣目依り引用)
お誂え向きに誰もいない広場で、charaが変わったとばかりに絶叫し始めた!
ふざけんなよ 弱いのが 悪いんじゃんか 弱いから 負けんだよっっ 勉強しろよ してねーの わかんだよ(P.86-87上段依り引用)

将棋に全てを捧げた己を棋神にさらけ出す様な独演会振りだが、Chapt.11神さまの子供では、

毎日毎日 ただ眠り続けた
なぜだか毎日 眠くて眠くて どうしょうも なかった
(11P.04-05齣目依り引用)

と回想し、C01順位戦で早々と昇級の目を潰した今年は棋士02年目にして現状維持に甘んじてさえいる由が語られている。
Chapt.14(表題不明)で、何故かMHK杯本戦解説を務めた二海堂君は破滅型の指し手を弾劾していた。
二海堂君が先に桐山邸を訪れた折、寝具と併せて豪華姿見を置いて行かなかった点が惜しまれる。
零君の名誉の為には、公私混同も顧みない二海堂君の諫言・香子嬢の度重なる挑発・松永先生の赤裸々な告白が零君を努力家に戻したと見るべきだろう。
喜ぶべきは、

戦う理由が無いといいながら 本当は 身の内に 獣が棲(す)むのを 知っていた(P.88 01齣目依り引用)

との声なき呟きだ。
Chapt.05晴信で対戦を楽しんでいた折も、「盤上真理の探究」「無理を通されずに済む二海堂君との交流」「昂揚している自己の観察」が面白い風情だったが、漸く勝負師としての自覚が出て来た様でワクワクする。

誰を不幸にしても どんな世界が待っていても(P.89 01齣目依り引用)

に関して、前者は「『幸田一族を』の間違いだろう」と身も蓋もなく突っ込み冷静に窘めたくなるし不可抗力も良い所だが、全体的に盤上の武人ならではの酷薄な運命を前向きに捉えている様だ。
いずれは「折角棋士になった身で負けた位で不遇に陥るとすれば将棋界が未成熟な所為だ」「負けても楽しい様でなければtournament proとして問題がある」との悟りを拓いて欲しい。
究極的には、自分へのやさしさたる「自己愛」に尽きる。
他者を冷静に観察して愛情を注ぎ返って来た仁愛を応用する事で、漸く自分を慈しむに至るだろう(10/13 23:00記載)。

本日-「●(敗北)」downwardright

こよいは、ここまでにいたしとうございます(by【大井夫人@武田信玄】終話挨拶依り)rain

追記

お風呂来た━━━━(゚∀゚)━━━━
3月のライオン第2(註:囲み文字)巻来た━━━━(゚∀゚)━━━━
11月28日(金)発売決定!!!!!(P.73依り引用)

3月のライオンを読んでいると「若い獣」事YA誌がどういう雑誌か忘れそうになるが、今回に限っては何故か扉から思い起こした。
慎ましく暮らしている筈なのに蓋をずらして入る浸かり方をしていない点は、敢えて問わない。
月02回刊誌連載だが01巻は開始から約09ヶ月後・今回02巻も更に約09ヶ月後の刊行となった状況も、着実な刊行scheduleとして肯定すべきだろう。
次号と次々号で休載の上に「羽海野チカ先生書き下ろし【ベルセルク】特製cover」が付いて来る趣向も、某後輩が【ベルセルク】を愛読しているので水を向けてみたい。
約02年近く休載されたままの連載作品があるらしい件も、華麗にthroughingしよう。
【藤川球児物語】の主人公が何処のteamの所属で、そこが監督共々どの様な仕打ちに遭ったかも・・・(零君が世にあらば、烈情豊かに叱咤激励してくれるだろう。「監督」云々だけ【未来日記】と化しているが、どうしても付記したかった)。

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コメント

 「安井棋士のような人」に、先日書いたのと同じ趣旨でのコメントをした経験が、私は少なくとも4人に対してあります。コメントといっても、面と向かっての関係で、です。その相手は、振り返ってみれば、全員、直後に安井棋士よろしく「逆ギレ」して、私の目の前から去って行きました。そして、皆さん未だ自殺はしていないようです。実は、そのうちの一人は「将棋関係者」でもある人です。それは「広い意味」での関係者で、もちろん「連盟関係者」ではありませんが、もしかしたら窪田六段とは面識、あるいはちょっとした会話程度はあるのかもしれない人です。ただし、いずれにせよその人と私との関係は、将棋とは全く無縁です。

 零君は安井棋士に対し、直前まで親切心を持って接していましたが、私は零君が「逆ギレ」された後に孤独に叫んだような言葉を、ほとんど最初から、直接に向けていました。しかしまず「切れた」のは、4回の内3回は相手の方です。また窪田六段の低迷期がどのようなものであったか詳しくは存じませんが、たぶん客観的には安井棋士のあり方とはまた違っていたのでは、という気がします。安井棋士の性質の悪さは「中年的」なもので、私の相手4人も皆「中年」でした。世間の単純な年齢的尺度からすると中年に入らない人もいましたが、当時の私との関係では明らかに「中年」でした。そして、安井棋士のような「中年」は、たぶん弟子の育成もできないでしょう。松永先生だったら可能だと思います。

 また、「折角棋士になった身で負けた位で不遇に陥るとすれば将棋界が未成熟な所為だ」「負けても楽しい様でなければtournament proとして問題がある」とは、私は思いません。
森信雄七段も、私の村山九段に関するコメントに対し、村山九段の偉いところは「将棋を指すのが仕事」ではなく「将棋で勝つのが仕事」だったところだ、と応答されました。将棋界と関係の無い世界に生きる私にも響く言葉でした。もっとも、森七段自身、村山聖という尺度を他の弟子に当てはめることはためらう、そうするとみな問題にならなくなってしまう、ということも他の人への応答に書いておられたし、片上五段のブログへのコメントでご師匠の言葉を引用してみたところ、片上五段は師匠とはその点では考えが違うと応答されました。

 ところで、森信雄七段のページに、一時期私が盛んにコメントをし、その後コメントが承認制になり、私のコメントは全く承認されなくなっている経過については、もしかしたらご存知かもしれません。「コメントを短くして欲しい」というご要望が森信雄七段からあり、それには応じていきましたが……。私のコメントを短くすると、「その考えには反対です。それは嫌いです」というような言葉ばかりになりがちで、要するに、長い短いが本質的な問題ではなく、「論争」の場にしたくないのだろうな、とは想像しました。私は、応答いただかなくとももちろん結構です、とは、心から、はっきりと申し上げたのですが、律義な森先生は私への応答ができなくなると他の皆さんへの応答も滞っていたのは事実で、すると他の皆さんも何となくコメントを控えられるようになっていく、という悪循環が発生していたのも事実です。しかし、そのことは私の責任ではありません。他方で、現在コメントが承認されないことに特に怨恨もありません。

 森信雄七段のブログ、そして週刊誌沙汰にまでなってしまった「渡辺明ブログ」のコメント欄閉鎖にKSが関わっていた件もご存知かもしれませんが、私が棋士の皆さんのブログを読み、コメントし、ご返信をいただいたりいただかなかったりして、一つ認識したことは、盤上で超複雑な論理ゲームを戦う皆さんは、やはり言語での争いは本性的に好まれないのだろうな、ということです。それは、言語中心の職業-生活をしている私には、ある種新鮮な印象もあるし、他方で将棋が極めて日本的なゲームである限りでは、日本人全体の論争下手の一典型といってもいいのかな、とも思います。「しかし、そのことは私の責任ではありません」という上の考えも、日本人的感覚からはいかにも反撥を買いそうですが、それは「空気を読む」ことの押し付けですね。上記の「安井棋士」的4人と「空気を読まない」私との関係も全く論争にならなかったものです(零君が安井棋士と感想戦すらまともにできなかったように)。世界一のブログ大国となっても、「日本人」はすぐには変わらないのでしょう。でも、将棋連盟内はともかく、連盟外の社会との関係においては、やはり言語的な折衝や交渉、時に論争も必要な場面は、増える一方だろう、と予想もします。

 長文失礼いたしました。もちろん、ご返信いただかなくとも全く気にはしませんし、ご返信いただけるのであればそれが何時であれ「遅い」と感じることはありません。無論、これはこのコメントについてに限りません。
 また、私がコメントしていることでコメントしにくくなっている人がもし万一いたら、どうぞ私のコメントはさっぱり無視してください。コメントの内容が重なることはほぼ無いと思われます。

missの描き方に関しては全く同感です。61手目▲5四歩の局面の方が後手の憔悴を描く上で相応しいにせよ、手番の相違のみならず何故△同金で叩きのめされるかも簡潔には説明出来ません。54手目△8四角に関しても、「悪手!」と断定する以外に表現し辛いでしょう。

私は今回の零君の心情に対し、部分的には共感を抱きましたし本音をさらけだした点は快く思います。尤も安井棋士に就いては、零君との再会後に逆恨みじみた態度を取った以外は弾劾するつもりはありません。
私も個人的事情に依り、「対局準備に打ち込めず盤上で粘りも効かず成績も惨憺たる物」という時期がありました。その折に排除を願うが如き発言を目にしていたら、今現世でcommentを書いていられたか自信がありません。
羽海野先生は、「松永先生の勝負師人生での苦衷」一つ取っても後付けじみた設定を効果的に用いておいでです。安井棋士の場合も肩書きのみならず、私が私淑する森信雄(のぶお)七段の様に「弟子の育成で成功している」という設定が出現する可能性もあるでしょう。

羽海野先生が心情やpoem?を表記なさる上でのお好みは、(故)市川崑監督作品の影響かも知れません。余り決め付けた見方はすべきでない旨の自戒を込めて、記して置きます。

ご解説ありがとうございます。

 今回の結末は私も好ましく見ましたが、やはり安井棋士の「ミス」がどの程度のものなのかが分からないと、あっさりした展開だな、という第一印象も強く残ってしまいますので(ご解説いただいても、ど素人ならではの限界は自ずとありますが)。

 もっとも私自身は、零君の心情に窪田六段よりさらに共感を覚えるのは相変わらずです(「ゆとり世代」ではないものの)。というより、むしろ現実の棋界では、安井棋士のような「棋士」は既に羽生世代が「掃除」してしまったのでは、と思っていましたが、もしまだ「生き残って」いるのであれば、さっさと「消えろ」、とはっきり断言します。

 また「大人探し六段」とありましたが、明朝タイポグラフィーからして影響が見やすいEvangelionが基本的に少年が自分に現実から「逃げちゃだめだ」と暗示をかけるマンガであったのに対して、「3月のライオン」ではそれの反転が明確に出て来て、私にはそれこそがすこぶるリアルです。Evangelionファンは周囲にいたけれど、私は一見してかなり嫌いでした。

 失礼します。

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