漱石の日と肩書き
漱石(そうせき)の日が訪れた。と言っても生死や偉業に関する事柄ではない辺りは、流石と言うべきか。
「夏目漱石が福原鐐二郎文部省専門学務局長宛に、文学博士号辞退の旨書簡を送った」日として顕彰しており、1,911/04/15の東京朝日新聞に掲載された文章【博士問題の成行(青空文庫)】でその後の顛末及び漱石の主張が語られている。
(前略)已(すで)に発令済(はつれいずみ)につき今更(いまさら)御辞退の途(みち)もこれなく候間(そうろうあいだ)(後略)
福原局長の「もう贈った以上今更突き返すな」という主張は、「贈れば官軍」宜しき明治新政府ならではの流儀と言いたくなるが、「道路敷設計画及び資金調達のsystemを構築した以上、異議申し立てするな」と翻案すれば現代的になるかも知れない。
高級官僚の驕慢という点では、政体や地域、時代を問わず普遍的になるだろう。
(前略)余はこの意味(註:博士に依る学問&学会の独占化)において仏蘭西(フランス)にアカデミーのある事すらも快よく思っておらぬ。(後略)
時は下り、旧日本海軍の井上成美(しげよし)大将は、太平洋戦争末期に02度に渡り大将昇進を推薦されたが丁重な文書で辞退し、03度目の慫慂で1,945/05/15に就任(海軍参事官兼任)する迄半年近く抵抗している。
上記した漱石の意見は極端な様だが、井上も第40代海軍兵学校校長に就任した折、教育参考館に掲示されていた歴代大将の肖像を撤廃し、立身出世主義を廃しつつ惹いては東郷平八郎元帥以下諸将への盲信を戒めている。
国家資格としての博士号や、軍隊の階級制上での大将は必要にせよ、両者の態度からは一義的に希求されて形骸化し、果ては特権の温床となる事態を懸念した様が伺える。
私の場合、六段という段位には半端さを感じており、権威主義に走る気はしない。
[研修会]幹事職は、管理職という依り学級委員長の親玉程度に認識している(研修会に生徒の自治制度は存在しないが)。
納得してお受けした職務である以上、漱石に取っての博士の様になってはならないし、井上が勤めた大将の様に実のある物にしたい。
棋界に貢献する意味からも、普及事業や解説・event等の公務に対し、漱石や井上大将と違ってギラ付いた希望を抱く点はやむを得ないが。
本日-「●(敗北)
」。朝、体組成を測定した所34歳を叩き出した!前日の反省を踏まえて太極拳24式套路を練習する等健康に気を使い、美容院で髪型もすっきりさせたが、喜び過ぎて将棋修行が散漫になった感がある。
こよいは、ここまでにいたしとうございます(by【大井夫人@武田信玄】終話挨拶依り)
(02/22 18:00記載)
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